嫌いな聡の恋路の手伝いなど、どうしても抵抗がある。ゆえにその態度は中途半端。
大迫美鶴に近寄り、それとなく聡の良さを吹き込もうにも、何をどう売り込めばよいのか思い浮かばない。聡に情報を提供して、瑠駆真より有利に事を運ばせようともした。ゆえに美鶴の身辺をコソコソと探ってはみた。
だが、聡と面と向かうと、どうしても口調が荒くなる。
「不甲斐ないっ」
そんなふうに責めたてることしかできない。
聡がバスケ部に籍を置いていた頃、駅舎で瑠駆真が美鶴を抱きしめた事があった。陰から美鶴を見張っていた緩は、事をメールで聡に知らせた。だがその先、何か協力することはできなかった。
だって、緩は聡が嫌いだから。
嫌いだ。
あんなふうに何の苦もなく人に愛され、常に楽しそうに笑顔を振りまく。そんな聡が嫌いだ。
常に排他的な感情が渦巻き、他人を見下す要素を探りあう唐渓という世界。その中に転入生という立場で転がり込みながら、あっという間にその中に馴染んでしまった義兄。
中学に入学した当時の緩とは、天と地ほどの差もある環境。
馴染むと言うなら瑠駆真も似たようなものだが、より近い存在だからだろうか、聡の存在に腹が立つ。
そもそも緩は、聡が唐渓に編入する以前から気に入らなかった。
親の再婚に賛成する聡の前で、不機嫌な態度を見せる緩は大人げなかった。自分よりも素直で気さくで人当たりの良い聡の存在が、自分の立場を貶めている。緩にはそう思えた。
気に入らなかった。
だから挑発して唐渓を受験させた。無様に落ちて恥でもかけばいいのだ。そう思っていた。
だが聡は、見事に合格してしまった。
気に入らない。
グッと拳を握ったところに、うんざりとした華恩の声。
「聞いているの?」
高飛車な声に身体を震わせ、背筋を伸ばして顔をあげる。
「ずいぶんな態度ね」
「もっ 申し訳ありませんっ」
深々と頭をさげるが、機嫌は直りそうにない。
「ひょっとして緩さん、私をだいぶ軽んじられている?」
「まさかっ!」
「私のコトが、お嫌い?」
「そっ そんなコトはっ」
「あら、いいのよ。私のコトがお嫌いなら、今すぐにこの部屋を出ていっても」
「そんなっ!」
ふふふっ
慌てふためく態度に、華恩の気が少しだけ晴れる。自分の行動に一挙一動する相手を見るのが、華恩は好きだ。
対する緩は、ゴクリと生唾を飲む。
廿楽華恩の要求は、理不尽であることこの上ない。美鶴と瑠駆真が仲違いをしたからと言って、瑠駆真が華恩に心寄せるなど、普通考えてあり得ない。美鶴と聡の関係もしかり。
だがこの気位の高い、自分をこの世の地軸と考える彼女の前では、そのような理由は言い訳でしかない。
ここで華恩に突き放されたら、緩の立場は転落する。
虐められ、除け者にされ、唐渓の世界から爪弾かれる。
中学時代の、あの頃に戻ってしまう。
「兄と大迫美鶴は、必ずくっつけます。だからもう少し時間をください」
「そうねぇ」
考え込むように右手の人差し指と中指を顎に当て、天井を見つめる華恩。
「でも卒業まで、もうあと半年しかありませんのよ」
「今月末で、生徒会の任期も終わってしまいますしね」
「そうね。そうしたら副会長という立場も失ってしまうし」
「この副会長室からも出ていかなければなりませんわね」
「あぁ この部屋で、山脇くんと午後のお茶を楽しむのが私の夢だったのにぃ」
華恩と彼女を取り巻く生徒たち。全部で十人前後。柔らかく、責めるような視線。
今月末まで、あと一ヶ月弱。あと一ヶ月で聡と美鶴の仲を取り持つなど不可能だ。
それでも、緩はなにがなんでも華恩の信頼を回復しなければならない。
華恩はあと半年で卒業。だが自分には、まだ二年半も高校生活が残っている。その二年半が天国となるか地獄となるか、それは今、華恩からどれほどの信頼と好意を得られるかで決まる。
|